Episode 01 中国進出~DCインバータエアコン・コンプレッサドライバ開発
はじめに
有限会社青山モータードライブテクノロジーは、2016年3月で創業10周年を迎えました。この短いながらも10年の間に、当社のコア技術であるモータ制御技術(センサレス制御)、ハードウェア技術、組み込みソフト技術を活用し、開発から量産製品までを請け負う“One-Stop Solution Provider”として、大小合わせて500件を超える製品試作・量産のお手伝いをさせていただくことができました。
創業当時、中核ビジネスに位置付けたのが、民生機器向けのセンサレス・モータドライバ開発でした。そのターゲットとして、最初に手掛けた開発が、DCインバータエアコン用コンプレッサドライバです。お客様からの厳しいご要求に応えるべく、性能改善、機能追加を積み重ねた結果、今もなお毎年400万台以上のエアコンに当社の技術が組み込まれ、累計2000万台以上が世に送り出されるまでになりました。このような大きな成果を残せたのも、当社の技術力を信じてくださいました量産メーカ様、協力会社様のご理解、ご支援の賜物であり、感謝の念に堪えません。この創業10周年の節目に、今後の事業に生かすべく、当社の短い開発の歴史を振り返ってみたいと思います。
2016年3月吉日
モータ制御開発 シニアエキスパート 福本哲哉
試作機開発
2006年1月、私は中国山東省青島で、人生初めての春節*1 を迎えた。中国の大手エアコンメーカに、日本で試作したボードを持ち込んで評価をしていただくために、富樫と二人で既に延べ数か月間中国に滞在していた。
当時、日本国内で販売されるエアコンは、トップランナー制度の影響もありほぼ100%インバータ化されていた。一方、中国ではコンプレッサの回転数が一定の「定速型」と呼ばれる旧式のエアコンがまだ主流であり、中国国内での全エアコンの年間販売台数が約2000万台といわれていた当時、インバータエアコン(特にDCインバータと呼ばれるもの)は、数十万台の規模であった。
このころは中国でも政府が環境問題に取り組み始めた時期であり、今後インバータエアコンが主流になっていくことは明らかであった。このため、世界中のエアコンメーカ、コンプレッサメーカ、電子部品メーカやデザインハウスが自社ソリューションの売り込みに躍起になっていた。
インバータエアコンのビジネスには、大きく2つのモデルがあった。1つは、「ボードビジネス」と呼ばれるもので、エアコンメーカやコンプレッサメーカが自社のコンプレッサに最適にチューニングしたソフトを制御ボードに組み込み、コンプレッサと抱き合わせで販売する、というものである。現地のデザインハウスはそのボードを使って、現地エアコンメーカの要望に合わせたシステム・コントローラなどを設計・製造した。このビジネスモデルでは、お手軽にエアコンの製造はできるが、メーカ側での設計・製造の自由度が低く、自助努力だけでは原価低減も難しいという問題があった。
もう一つは、半導体メーカが、特定のコンプレッサ制御用のソフトウェアを組み込んだマイコンやASSPをインバータコンプレッサ制御専用LSIとして販売する「チップビジネス」と呼ばれるものである。このビジネスモデルでは、現地エアコンメーカはその「専用LSI」を購入しなければならないものの、ボード自体は自社で製造できるため、前述のボードビジネスと比較して設計・製造の自由度が高く、生産コストも大幅に低減できる可能性がある。
当社は後者を目指した。日本の大手半導体メーカと協業し、”BL/DC-xx”というブランドで中国の大手家電メーカでの採用を目指した。このモデルでは、コンプレッサドライバのソフトウェアはあらかじめLSI(マイコン)に組み込まれているため、モータ制御のノウハウの流出(違法コピー)という点では安全であるが、専用LSI化しているのでソフトウェアの変更は容易ではない(このビジネスの当初は、インバータ制御用プログラムはマイコンに内蔵された”MASK-ROM*2 ”に格納されていた)。一方、市場のコンプレッサドライバへの要求は、どのようなコンプレッサ*3 でも確実に駆動することができ、かつ高効率でなければならない、というものであった。
当時の中国家電メーカのハードウェア設計や評価のレベルは決して高いとは言えず、市場での不具合も少なからず発生していた。そのため、実際にはインバータ基板の設計までサポートする必要があり、しかも、量産レベルの品質が求められた*4 。
最初のDCインバータエアコン・ソリューション(直流変頻空調解決方案)は、ブラシレスDCモータ駆動用の位置センサレスベクトル制御(当時の中国市場ではまだ珍しかった180度通電*5 正弦波駆動、1シャント電流検出)とPFC制御機能(入力電源力率改善回路の制御ロジック、アクティブ方式)の2つを主要な機能とした。このドライバー(固定小数点32 bitマイコン使用)は、お客様が準備したシステム・コントローラ(シスコン)である上位マイコン(8 bit)からモータ定数*6 や回転数などのコマンドをシリアル通信で受け取り、それに従ってモータを駆動するというシンプルな構成(図1)であった。
基板もそれにあわせ、シスコン部とエアコン室外機を制御するための周辺回路とを分離した2枚構成とした。まだ全体回路の信頼性を確保できる自信がなかったのと、お客様が作製するシスコン部分との責任分担を明確にするという狙いもあった。
数か月に及ぶ信頼性評価の結果、我々のお客様と競合するエアコンメーカの製品と較べて同等以上の性能が得られ、かつコストが大幅に低減されたことから、テスト生産(3万台程度)の目処が付いた。喜ばしいことであったが、そのときにお客様の開発のトップの方から言われた言葉が、今でも私の脳裏に焼き付いている。「この製品は良いと思う。ただし、これはモータドライバであって、エアコン用コンプレッサドライバではない。」つまり、性能にアプリケーションからの視点がなく、騒音、振動、過負荷運転時の動作など、エアコンとしてお客様が嬉しさを感じる点への配慮が足りないということである。このお客様からの苦言は、今では当社の全社員が共有する大切な教訓となっている。これ以降、我々は常に仕様書に書かれていないアプリケーションとしての要求スペックを深読みして、お客様にご提案することを心掛けている。
図1 初期製品のブロック図
図2 初期製品の外観図
*1: 春節とは太陰暦(旧暦)の正月。中国では今でも正月は旧暦で祝う。
*2: 現在のマイコン(MCU)では、プログラムは内蔵の書き換え可能なFlashメモリに格納されるのが一般的だが、当時はマイコンのチップ製造時に工場でしか書き込みができない”Mask ROM” に格納されるのが、原価に厳しい民生分野で量産用に使用されるマイコンでは一般的であった。
*3: コンプレッサは、エアコンで一番高価で性能を左右する主要部品であり、性能改善やコストダウンのために頻繁に(2~4回/年)新機種と入れ替えられた。
*4: 中国のAC電圧は公称220Vだが、当時は電力事情が悪く、160V~240Vの範囲での動作保証が求められた。
*5: 当時「180度通電」という用語自体が通じなかった。「360度をUVWの3相で割れば120度だろう。180度じゃ回らない」と、いろんなお客様で言われた。
*6: 複数のコンプレッサに対応するためには、それぞれのコンプレッサのモータ定数を外部から指定する必要があった。
「量産開始!」の直後に悪夢が…
1年間のテスト生産の結果、市場クレームが発生しなかったことから、本格量産を迎える運びとなった。最初に採用していただいたエアコンメーカのお客様は、年間約200万台のエアコンを量産されていたため、半数の100万台程度の置き換えが期待できた。「これで当社の経営も安定する」と、安堵した矢先、世界に激震が走った。リーマンショックである。
100万台の期待も空しく、結果として30万台程度の量産に終わった。しかし、この量産での実績が当社のソリューションの評価につながり、その後、他のエアコンメーカからの採用検討依頼が多く舞い込むようになる。
広東省に拠点を置く、中国で(つまりは世界で)1、2位の生産量を誇る大手エアコンメーカでの評価も始まった。また、年間数十万台程度の中規模メーカからの依頼も数多く来た。大手メーカには、世界中からNo.1(性能のみならず、システムコストも含めて)を目指したソリューションが多数持ち込まれ、それらが日々比較評価される。我々にとっては非常に厳しいビジネス環境であった。
不具合で突然呼び出され、すぐに中国に飛び、1週間程度滞在して問題を解決した後、帰国の空港でのチェックインを済ませ、ホッと一息ついたところに電話が鳴り、別の現場に飛んでいく、という様なことが度々あった。
当然、当社だけの工数でサポートしきれるものではない。当時、このプロジェクトでは、協業している半導体メーカやその販売エージェントの中国ローカルFAE (Field Application Engineer) 十数人がお客様の現場に貼りついて、年間で合計100機種以上のコンプレッサに対応させるために、モータ定数の調整をしながらシステム評価をしていた。
これだけ多くの開発現場でレベルの異なる技術者が一定水準の評価を行うには、だれもが簡単に使用できるサポートツールが必要となる。そこで、モータ定数の測定から効率調整までの一連の作業が、Windows上でGUIによりシームレスに行えるインバータ調整統合ツール “TunerSuite for BL/DC” を開発。それを各開発現場に配布して、お客様自身でも調整できる環境を構築した。これが奏功してか、当社のソリューションは現在でも中国で家庭用エアコンメーカ3社、パッケージエアコンメーカ1社で量産され続けている。
また、2010年頃からは、日本国内のお客様にもソシューションの提供(ボードの販売及びソフトウェアのライセンス)を開始。開発から量産製品までを請け負える“One-Stop Solution Provider”の階段を着実に上り始めた。
図3 インバータ調整統合ツール(TunerSuite for BL/DC)画面
盲点を突いたエアコン普及機開発戦略。冷蔵庫にも展開
中国でもエアコンのSEER(最低季節エネルギー効率比)による省エネの法制化が始まり、エアコンはその効率が5段階で示されたシールを貼っての販売が義務化された。そして、2010年頃より中国家庭用エアコン市場はDCインバータエアコンの一大普及期を迎えることになる。インバータエアコンに対する政府からの補助金の効果もあり、トップメーカでは年間1千万台以上、中堅メーカでも数百万台と、生産規模は拡大を続けた。規模が拡大するにつれ、半導体メーカやデザインハウスの熾烈な性能向上とコストダウン競争が益々激化した。
当社は、更なるコストダウンを実現するため、普及機用の開発のプラットフォームを32ビットから16ビットマイコンにダウンサイジングしたソリューションの開発に着手。そして、その量産化に漕ぎつけた。勿論、性能を維持したうえでのダウンサイジングである。
従来モデルよりも大幅なコストダウンが実現でき、かつマーケットでは普及機モデルのDCインバータエアコンの需要が旺盛であったことから、順調に販売数を伸ばした。日本国内では、センサレス制御などの高度なモータ制御は、32ビット以上のマイコンでしか実現できないと思われていた時代である。このため、このダウンサイジングは競合他社の盲点を突いた戦略でもあった。
インバータエアコンの16ビットマイコン化に成功したことにより、位置センサレスベクトル制御ソリューションの冷蔵庫用レシプロ・コンプレッサドライバへの応用の道が開けた。というのは、冷蔵庫市場はエアコンよりコストに厳しく、高価な32ビットマイコンの採用はほぼ不可能だったからである。以下(図4)に示す基板は、16ビットの中でも特に安価な小ピンマイコンを使用して、2011年に量産を開始したものである。このソリューションは、中国での都市型生活スタイルの普及にともなう家庭用冷蔵庫市場拡大の波にも乗り、昨今は年間150万台以上を生産するに至っている。
図4 冷蔵庫用レシプロ・コンプレッサドライバ基板
差不多(チャブドウ)の罠。目指すべきはNo.1
2012年頃には、中国市場で当社のインバータエアコン・ソリューションは、安定して毎年400万台規模の生産を続けていた。他社ソリューションとのコンペが度々行われていたが、当社のものを採用していただいていたお客様でのシェアは維持していた。
中国には「差不多(チャブドウ)」という言葉がある。これは、“大差無い”、“大体同じ”という意味で、現地の技術者も良く使う言葉である。度々行われる比較試験においても「差不多、差不多」が繰り返されるうちに、実は競合他社の技術レベルが勝りつつあることを見逃し始めていた。
それが明らかになったのは、コンプレッサの振動や騒音を低減するためのトルク制御においてであった。他社のものよりも数値が上回り、お客様から強い改善要望が突きつけられた。改善できない場合には他社への置き換えも辞さない、というレベルにまで追い込まれた。
この出来事以来、「差不多(他社と同等レベル)ではなく、No.1を目指す」ことを肝に銘じ、開発業務に取り組んでいる。最近では図5に示すような、シスコンも1チップに内蔵したハイエンドモデルの量産も始まっている。制御機能には、過変調制御による高出力化や効率改善、さらにモータ定数のバラつきや温度変化による特性劣化を抑制するためのオンライン定数自動調整機能などが搭載されている。
図5 DCインバータエアコン・ハイエンドモデルのブロック図
新しい事業の柱:産業(医療)、車載向けソリューション
このように当社は、白物家電向けソリューションの開発、量産を通して多くの経験を積ませていただきました。5年前より、新しい事業の柱として産業(医療)、車載向けソリューションを立ち上げました。医療機器ではソフトウェア・ライセンスビジネスのみならず、EMSメーカ様との協業により、年間数千台規模の量産基板のご提供も行える様になり、徐々にではありますが、ビジネスの広がりを実感できるようになりました。今後は車載向けソリューションでも、成果をあげられるよう努力してまいります。
全世界の電力の約50%は、モータを回すために使われているといわれています。モータ制御を始めとするパワーエレクトロニクス技術は、省エネルギーと地球環境保護の観点からも、今後益々重要であり、我々の使命の大きさを日々痛感しています。